高島屋百貨店商品券を高価買取します。

高島屋百貨店商品券 金券買取表

高島屋百貨店商品券
高島屋百貨店商品券買取表

(2011年9月20日現在のデザイン)



高島屋

株式会社髙島屋(たかしまや・英: Takashimaya department store)は、大阪市中央区難波に本社を置く百貨店。日本百貨店協会加盟。

新聞等では、高島屋と康熙字典体の「高」で書かれることが多い。


会社概要

1831年、京都で飯田新七が古着・木綿商を開く。海外の博覧会に豪華な刺繍を施した着物などを出品し、数々の賞を受賞したことで、その後、宮内省御用達の栄誉を冠する。1919年(大正8年)には改組し、株式会社 高島屋呉服店として長堀橋に店を構える。のちの1932年(昭和7年)、現在の大阪店を竣工し、東洋一の規模を誇る大規模百貨店を開店する。また、翌年1933年(昭和8年)には、東京・日本橋に東京店を開店させ、知名度を飛躍的に高めた。戦後に入ると、相模鉄道と合弁し、横浜高島屋を開店させるなど、主要都市の要所への大型店舗の展開を成功させ、今日の地位を築いてゆく。

日本におけるショーウィンドウを早くから導入した百貨店でもあり、1969年(昭和44年)には、初の郊外店となる玉川高島屋SCを成功させ、その後の百貨店経営のモデルを打ち立てたことでも知られる。バラの花をイメージフラワーとして採用し、現在でも包装紙などに用いられている[1]。

売上の多い順に横浜店、東京店、大阪店、京都店と、大型店が多いのが特徴だが、横浜店と大阪店はターミナルデパートであるため、通過客が多い。だが、年商は法人・個人の外商や分店の売上などを含めれば1000億以上の店舗を複数(2008年2月期で上記4店舗、関連会社のJR名古屋店も併せると5店舗)有している日本で唯一の百貨店である。また、営業利益率は、単独で2.74%、百貨店連結で2.74%である。

同社は、関係の深い地方百貨店と提携しているハイランドグループという百貨店共同体の中核企業である。ただし、グループ各社との間では、業務提携関係は有するものの、資本関係を持つものではない。なお、高島屋自身は、みどり会(UFJグループ)の会員企業だが、ハイランドグループ自体は、UFJグループとは別である。

百貨店業界において、J.フロントリテイリングや三越伊勢丹ホールディングスの発足といった再編が進む中、同社は、大手老舗百貨店では数少ない独立系百貨店である。2008年(平成20年)10月に、電鉄系百貨店の阪急百貨店・阪神百貨店を傘下に持つエイチ・ツー・オー リテイリングとの間で資本・業務提携をした。その際、2011年(平成23年)4月を目処に経営統合まで行う予定であったが、2010年(平成22年)3月25日に、経営統合を撤回して業務提携にとどめることを正式発表した。

2007年(平成19年)に朝日新聞がとったアンケートで、「好きな百貨店」の第1位に他に大差をつけて選ばれた。

同社グループの経営理念は「いつも、人から。」、また同社の企業メッセージは「”変わらない”のに、あたらしい。」である。


直営店舗

20店舗(分店6店舗含む)

関西圏

大阪店(大阪市中央区)
登記上の本店。南海電気鉄道難波駅に併設[4]。開業時は「南海タカシマヤ」と呼称。建物(南海ビルディング)は南海電気鉄道[5]が所有。久野節(久野節建築事務所)設計、大林組施工のコリント様式の近代名建築であり、日本の百貨店では初めて冷暖房を完備した。昭和初期の竣工。御堂筋の終端に位置し、名実共に難波(ミナミ)の中心地に位置する。なお後述する、同店の増床・リニューアルが完了したことで、既存の本館と増床分を合わせ、売場面積78,000㎡の規模となり、関西地区最大級の百貨店へと変貌することとなった。
堺店(堺市堺区)
南海高野線堺東駅に併設。売場面積17,692㎡。大阪店の分店。
和歌山店(和歌山市)
南海本線和歌山市駅ビル内の小型店。売場面積4,347㎡。大阪店の分店。
泉北店(堺市南区)
南海から乗り入れる泉北高速鉄道の泉ヶ丘駅前で、横浜市の港南台店と同様に泉北ニュータウン駅前ショッピングセンターに併設(同ショッピングセンターを含む駅前商業施設を「パンジョ」といい、大阪府都市開発の子会社である、株式会社パンジョが管理している。株式会社パンジョにとって高島屋泉北店は核店舗である)。売場面積21,349㎡。
京都店(京都市下京区)
京都は高島屋発祥の地であるが、同店は本店ではない。1950年(昭和25年)10月に創業の地である烏丸高辻(現京都銀行本店)から現所在地の四条河原町に店舗を移転した。[6]同店は地下で阪急河原町駅とつながっている。ビルの一部は阪急阪神東宝グループが所有。売場面積61,316㎡。正面玄関左横の土地の一部が買収できずに建物の外観としては凹んだ歪な様相を呈している。
洛西店(京都市西京区)
京都店の分店。洛西ニュータウン内のショッピングセンター「ラクセーヌ」の核店舗。売場面積7,000㎡。

関東圏

東京店(日本橋店、中央区)
日本生命が1933年(昭和8年)に建設した現本館を賃借する形で現在地へ移転。日本橋三越本店および伊勢丹新宿本店本館と並び東京都選定歴史的建造物に選定され、2009年(平成21年)6月30日には国の重要文化財に百貨店として初めて指定された[7][8]。重厚な建物で、テレビCM等に登場するなど地域のランドマーク的存在である。またその佇まいから高島屋の本店ないし日本橋三越本店と混同されることも多い。「上質生活百華店」を目指す高島屋の象徴店舗(フラッグシップストア)の1つに位置づけられ、皇族やVIPの利用も多く同社を代表する店舗である。売場面積50,481㎡。正式名称は東京店だが、ホームページや広告・パンフレットなどでは「日本橋店」もしくは「日本橋タカシマヤ」と称している。通称「日高(ニッタカ)」。一時は増床のために建て替え計画が検討されていた。
1.また、東京店だけは他の高島屋の店舗とは別の紙袋(バラの紙袋ではなく、東京店のイラストを描いた紙袋)を使用している。
2.なお、正面入口向かって6機のエレベーターには『エレベーターガール』が居り、そのエレベーターを使用する際は、お客がエレベーターガールに何階に行くかを伝える様になっている。エレベーターの操作は全てエレベーターガールがする。勿論、どの商品が何階にあるのかが分からければ、エレベーターガールが答えてくれる「総合案内役」も兼務している。
3.東京メトロ銀座線にて、日本橋駅の車内放送アナウンスをする時に『次は日本橋・高島屋前です』とアナウンスするのは、東京メトロ銀座線の前身・東京地下鉄道が地下鉄建設時に資金難で思う様に建設出来なく、目の前の中央通りに店舗を構えていた高島屋が資金提供をして地下鉄を建設した経緯がある為であり、その時の特約としてスポンサーとしてアナウンスをしている経緯があるからである。高島屋が東京メトロに広告料を払って宣伝してもらっている訳ではない。
新宿店(渋谷区)
旧国鉄の貨物操車場跡地を国鉄清算事業団による再開発により1996年(平成8年)に竣工したタカシマヤタイムズスクエアの主テナント。2006年(平成18年)まで家主であったレールウェイ東開発(独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構子会社)への年120億円という家賃負担が重く大幅な赤字が続いていたが、契約期間満了に伴う一部自社物件化などで賃料が大幅に減少し赤字は大幅に減少。テコ入れを図るため、100億円を投資し、2007年(平成19年)春に全面改装を行った。売場面積53,946㎡。店舗はJR新宿駅新南口と直結しているものの、京王線・小田急線の改札口からは幾分離れている。2008年(平成20年)に東京地下鉄副都心線新宿三丁目駅が店舗寄りの明治通り直下に開業することに伴い、地下連絡通路が設けられた。
立川店(立川市)
元々はJR立川駅北口前(みずほ銀行立川支店の東側のモノレール線路付近)に位置していたが、バスターミナルや多摩都市モノレール立川北駅などの建設に伴う駅前再開発により、都市再開発地区のファーレ立川内に移転した。その後、高島屋旧店舗の跡地近くに移転した伊勢丹立川店との競合で、売上は地区2位に転落した。2011年2月17日より7・8Fに大塚家具が入居(多摩センター三越内の多摩センター店から移転)。売場面積25,160㎡。
玉川店(世田谷区)
1969年(昭和44年)に開店。玉川高島屋S.Cの核店舗。日本初の本格的な郊外型百貨店として成功し、今日でも城南地区の基幹店舗である。通称タマタカ。売場面積24,012㎡。
横浜店(横浜市西区)
当初は相模鉄道との合弁であったため、相模鉄道の所有している駅ビルである相鉄ジョイナスに入居している。駅裏口で油槽所の跡地を同社が取得し、当時の相鉄経営陣が当初は直営百貨店を作ることを、次いで三越の誘致を検討したがいずれも成功せず、漸く高島屋の誘致に漕ぎ着けたが、それでも最初は「高島屋ストア」としての出店であった。高島屋の多店舗化は同店の好調に刺激される形で始められた。現在も売上高などで事実上の旗艦店舗。一時は売り場面積でデパートとして国内最大になったこともある。売場面積53,950㎡。なお、横浜店の売上には、港南台店の売上も含んでいる。通称「横高(ヨコタカ)」。2008年(平成20年)2月期に全面改装が行われた。投資額は約150億円。
港南台店(横浜市港南区)
港南台バーズと併設。横浜店の分店。売場面積17,475㎡。
タカシマヤフードメゾン新横浜店(横浜市港北区)
食料品販売を主体とする店舗で横浜店の分店。JR東海東海道新幹線・JR東日本横浜線・横浜市営地下鉄ブルーラインが交差する新横浜駅で、JR東海が開発した複合駅ビル「キュービックプラザ新横浜」に2008年(平成20年)3月26日開店。売場面積2,500㎡。
大宮店(さいたま市大宮区)
JR東日本・東武・埼玉新都市交通大宮駅東口。売場面積17,300㎡。
柏店(柏市)
JR東日本・東武柏駅西口。東武鉄道と提携してステーションデパート(柏高島屋ステーションモール)として展開。2008年10月1日に新館がオープンした。柏店の売り上げには下記のおおたかの森フードメゾンの売り上げも含まれる。売場面積:高島屋単独としてはT館18,860㎡+S館TX[9]8,650㎡の合計で27,510㎡、ステーションモール全体(S館専門店(含東急ハンズ柏店)16,300㎡、新館7,000㎡を含めた4館)で50,810㎡。
タカシマヤフードメゾンおおたかの森店(流山市)
食料品販売を主体とする店舗で、柏店の分店。つくばエクスプレスと東武野田線の接続する流山おおたかの森駅前に「流山おおたかの森 S・C」の1テナントとして2007年(平成19年)3月出店。「流山おおたかの森 S・C」の開発主体は玉川高島屋SC、シンガポール高島屋、柏高島屋ステーションモールを開発した子会社東神開発である。売場面積1,087坪(約3,500㎡)。
高崎店(高崎市)
高崎駅西口。売場面積19,346㎡。

その他地域

岐阜店(岐阜市)
岐阜市の繁華街である柳ヶ瀬(やながせ)に立地。岐阜市内に残る唯一の百貨店。売場面積23,924㎡。当初、大垣市の百貨店・ヤナゲン(ハイランドグループに加盟)との合弁で「ヤナゲン高島屋」として計画されたが、最終的には高島屋単独で開店した。
岡山店(岡山市北区)
JR西日本岡山駅東口。中四国最大規模の地下街、岡山一番街と直結。1973年(昭和48年)5月、山陽新幹線岡山開業後に開店。村野藤吾設計の「日本生命岡山駅前ビル」にテナントとして入居。売場面積19,493㎡。開店以来強力なライバルである地元の天満屋の後塵を拝し続けており、加えて消費の低迷もあることから採算が悪化。分社化され、株式の一部を両備グループが取得し再建を目指している。
米子店(米子市)
日本海側唯一の店舗。売場面積16,407㎡。

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2011/9/20現在



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